「え! また?」
鏡に映る自分の上半身を見つめて途方に暮れる私。
たったいま着たTシャツは、自分の喉の下にタグが付いているのが見えています。
つい30秒前にこのTシャツを前後逆に着てしまい、ちゃんと前後を確認してから着直したばかりなのです。
2度も同じことをしてしまうと、さすがに自分でもあきれてものが言えない。
実は月に1、2回は同じことをしており、毎度毎度情けなさにあきれ果てる次第。
当然大人になってから突然こんな感じになるはずもなく、子供のころからさかさまに着ることは日常茶飯事でした。
でもまさか大人になれば治ると思っていました。いや病気じゃないしこれ。
子供のころから計算すると、いったい何回さかさまに着てるんだろ?
こんな感じで朝を迎えたある日のこと、一日中「さかさま」というキーワードに付きまとわれることになるのです。
チェーンロック
さて出勤。自宅の駐輪場に向かう。
チェーンロックを外し、いざ出発! と、と、と、動かない・・・
よく見るとチェーンロックがしっかりと自転車の後輪にかかっています。
あーこれか・・・またやってしまった・・・
どうやら前日に帰宅した時にロックをかけ忘れ、今朝ボーっとしたままロックをかけてしまったようです。
朝の出発時には、「いま目の前にある現実と逆のことをする」という行動だけ頭にインプットされているようで。私の場合。
そのため、ロックされていればロックを解除するのですが、ロックされていないとロックしちゃうんですね。
あー、さかさまだったか・・・
ブツブツ言いながらロックを外す。
これってさっきもつぶやいたな・・・
熊ギア
事務所に到着。ノートPCを開いて仕事開始。
カタカタと文字を入力。文書の最後に自分の名前を入力する。
熊ギア
あー今日は調子が悪い・・・
実はこれ「kumagai」と入力するところを「Kumagia」と誤入力しているんです。
最後の二文字が「a⇔i」と入れ違いになっているんですね。調子が悪いとよくある事象です。
これってよく考えると「さかさま」になっちゃってんじゃないの・・・
ブツブツ言いながら、今度は手元を見ながらしっかりと入力する。やれやれ。
その日の午後のこと。探し物をしている時にデスクの引き出しから数年前の手帳が出てきました。
なつかしー
するとその中のメモ欄に奇妙な言葉が書かれていました。
音の良きかな
手帳の後半部分にあるメモの中、変な呪文のような一文が走り書きされています。
「なかきよのとおのねふりのみなめさめ・・・」
なんだろこれ? この書き方、なんかおもろいことがあって急いでメモったやつだな・・・
ということでネットで検索。内容が判明しました。
「長き夜の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな」
これは江戸時代の歌なのですが、実はこれ「回文」なのです。
回文というのは「とまと」「しんぶんし」「たけやぶやけた」のように上から読んでも下か読んでも同じになる文章のこと。
「なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな」
おそらく当時の私が何かの本でこれを発見し、とんでもないヒマな人が世の中にはいるものだという驚きと面白さで急いでメモったんでしょう。
おいおい、これってやっぱり「さかさま」つながりなんじゃないの!
子音と母音
さかさまネタということであれば、録音した音声を逆再生したものを聞いたことがあるでしょうか。
その昔、テープに音声を録音していた時代にテープを逆方向に回しても再生できたことに起因します。
「おはようございます」と録音したものを逆再生すると「すまいざごうよはお」とは聞こえないんですね。
音声はさかさまにしても回文にはならないんです。
それではどう聞こえるかというと「サミヤーゾゴーヤホ」と聞こえます。あら不思議。
そのからくりは、逆再生することでひとつひとつ言葉がそれぞれが別な言葉に変わってしまうからなんです。
日本語は「子音(しいん)」と「母音(ぼいん)」に分解できるため、逆再生すると「子音」と「母音」の順序が「さかさま」になるため、違う言葉に変わってしまうんですね。
つまり「おはようございます」は「ohayougozaimasu」と分解され、逆再生により「usamiazoguoyaho」となる。
その結果、もともとひとつ前の言葉の母音だったものが次の言葉の子音とくっついてしまい「サミヤーゾゴーヤホ」という、とても朝にはふさわしくないおどろおどろしい言葉になっちゃんですね。
録音をさかさまにすると、イメージも「さかさま」になるんでしょうか。
異次元の入り口
「さかさま」はもう結構、と退社し帰宅。駐輪場でしっかりとチェーンロックをかけて再確認。
風呂上がりにシャツを着る。穴が開くほど鏡を見ながら着る。前後よし!
やっぱりやればできる子だったのさ。本気を出せばこんなもんよ。
その時ふと、ドラえもんのお話の中に『あべこべ惑星』というものがあったことを思い出しました。
たしかそこの世界ではネコがワンと鳴きイヌがニャーと鳴き、登場人物が全員男女が逆になっていて、のび太が天才と呼ばれ、ジャイアンがスネ夫にいじめられ、パパが主夫になりママがキャリアウーマン、しずかちゃんがべらんめえ口調で大のお風呂嫌い、というもの。
今考えると腹を抱えて笑える内容ですが、子供の私にはとても怖い内容だった記憶があります。星新一的な怖さ。
他にも「左開き」だった小学校の教室のドアを逆に「右開き」に開くと、今とは別の世界があるという漫画を子供の頃に読んだ記憶もあります。
自分の中での「さかさま」は、「異次元への入り口」という印象があるのかもしれません。
そういえばこの「鏡」も「さかさまの世界」だよなー
鏡の中で右手で歯ブラシを持っているもう一人の自分、いったいどんなヤツなんだろう?
さぞ完璧な人間と思いきや、意外や意外、ズボンを前後さかさまに着るヤツだったりして。
ん! 「いがいやいがい」? 回文!


