武勇伝

「おい、ベター、ちょっとこっちに来い」

「ウキ?」

「おまえ、ボスの座を狙ってるそうじゃないか」

「ウッ・・・キ・・・」

「まあいい。俺はおまえの実力を認めてるよ」

「ウキ!」

「その前に力試しをしようじゃないか」

「ウキ?」

「あそこにボーと立っている兄ちゃんがいるだろ?」

「ウー・・・ウキ!」

「あいつが手に持ってる卵を取ってきてみろ!」

「ウ!・・キ・・キ・・・」

「もし取ってこれたらボスの座を譲ってやってもいい」

「ウキウキ!?」

「よし、行けー!」

「ウッキーーーー!」

高尾山

人は必ず武勇伝を持っているものです。

親しくなった人には必ず話し、酔っぱらうと必ず話しだす武勇伝。

私にももちろんあります。

それは、「ニホンザルとの死闘」です。

あれは今を遡ること30年ほど前、東京都の西部、八王子市にある高尾山に登った時のことです。

高尾山は標高599mの低山で、東京の人は割とレジャー目的で遊びに行く山です。

ケーブルカーで中腹まで行けるので、なんちゃって登山に最適な山です。

その登山コースの途中に「さる園」があります。

当時のさる園は園内にニホンザルが放し飼いになっており、人のすぐ近くに来たり、すぐ横に座っていたりと、今では考えられない状況でした。

当時は50頭ほどのニホンザルがおり、全員が自分の名前をわかっており、飼育員さんが名前を順番に読んでいくと全員が返事をしていました。

死闘

全員の名前を呼び終わり、「スゲー」と感心していた私は、右手の甲になにか乾いた強い感触を覚えました。

私はその時、右手に白いゴムボールを持っていました。

一緒に行った友人と突然キャッチボールがしたくなり、売店で白いボールを買っていたのでした。

そのボールを持った右手をなにかに強く引っ張られたのです。

私はてっきり友人がボールを取ろうとしていると思い、ふと横を見たのですが、友人は離れたところにいてサルに餌を投げていました。

ゆっくりと視線を下げると、

「ん? 子供? 茶色いこども? サルかよ!!!」

私の右手をサルが両手でしっかりとつかんでいました。

2人(?)の目が合い、火花が散りました。敵はやや涙目でした。

ここから私の記憶はスローモーションになっています。

右手を思い切り上に振り上げると、サルも負けじと「ウゥゥゥイィィィキィィィー」と手を放しません。

振り上げた手を勢いよく下に振り下ろすと、敵も振り落とされまいと足も使って、私の右手を四肢でつかむという見事な戦いぶり。

遠目には茶色いもふもふのバスケットボールを片手で振り回しているように見えたでしょう。

死闘は時間的には数秒だったと思いますが、私には1時間にも感じられました。

ベター来襲

死闘は永遠に続くかと思われましたが、終わりは突然訪れました。

近くにいた飼育員のおねえさんが突然叫びました。

「ダメよ! ベター!」

敵の覇気が一気に下がるのを感じ、私の右手から勢いよく離れていきました。

放心状態の私におねえさんはやさしくこう言いました。

「ごめんなさいね。たぶん卵かなにかと間違ったんだと思います」

いいえ、こちらこそすみません。こんな物を持ち込んだ僕が悪いんです。と恐縮しながらも敵の名前を胸に刻みました。

「なるほどベターという名前だったか・・・いい名前だ・・・」

私はいつしか川中島で上杉謙信を迎え撃った武田信玄になりきっていました。

敵ながらあっぱれという清々しい気持ちになっていました。

三代目

時は経ち、そんなことも忘れていたある日の事。

何気なく高尾山のホームページを見ていた時にさる園のページを発見しました。

そこには歴代のボスザルが紹介されており、そこには衝撃の内容が書かれていました。

「三代目ボスザル ベター(在位H7~H9)」

な、なんとボスザルだったのか!

正確に言うと就任の数年前だったのでボスザルになる前の売り出し中の頃で、ちょうど力をアピールしたいお年頃。

よく読んでみるとさらに衝撃の内容が書かれていました。

「初の雌ボス猿」

あなた女子だったの!? 上杉謙信に例えてごめんなさい。

冒頭の会話は、私と死闘を繰り広げる直前のボスザル「ベン」と次期ボスザル「ベター」とのやり取りの推察です・・・

武勇伝

私はこの死闘の物語を何かの機会があれば人に自慢します。

イタイおじさんがよくやらかす「オレは昔はワルかったんだぜ自慢」と同じトーンで話します。

「いやー当時からヤツは見込みのあるやつだと思っていたのさー」とか、

「オレを狙うとはヤツもまだまだだねー」とか、

「時代が時代ならオレがボスだった訳よー」などなど・・・

さて、さる園のホームページには家系図も載っています。

そこにはベターの名前もあり、もうこの世にはいません。

それを見ていると、無性に悲しくなり、涙が出そうになります。

好敵手がいなくなった悲しみというよりは、自分もいずれこの世からいなくなり、それでも世界は回っていくということ。

ベターがいなくなってもさる園はにぎやかだし、みんなが飼育員の呼びかけに返事をしてお客さんを楽しませているのです。

それで十分!

とヤツは必ず言うでしょう。

ベター、いい名前です。

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