ある晴れた日のお昼前、坂道を自転車で登っていました。
この坂道を登るのも今日が最後か・・・そんな思いでペダルを漕いでいました。
この坂の上、そこには私が長年ケアマネジャーとして担当していた方の家があります。
ケアマネジャーは担当している方のお宅を毎月訪問し、様子を伺いお話をします。
毎月この坂を登り、門扉の横に自転車を停めてインターホンを押す。何度も繰り返してきました。
その方はひとり暮らし。気丈に暮らしていましたが時折寂しさを感じることも多く、以前からあった認知症が少しずつ進行していきました。
自分の物忘れへの不安から精神的に不安定になることも多くなり、現状の介護サービスでは対応するのは難しくなりつつありました。
この方が自宅でひとり暮らしを続けていくためには、毎日ヘルパーの訪問を受けたり施設に通ったり、また泊まったりという介護サービスを利用していく必要があり遠方に住むご家族と相談をしてきました。
そして今月、このサービスを使うことが決まり、ケアマネジャーをバトンタッチすることになったのです。
今日はその最後の訪問、お別れの日なのです。
いつも通りに
この方に介護サービスが変更になることやケアマネジャーが変わることなどを説明してしまうと、不安から日々の生活に支障が出てしまいます。
そのために、今日はいつも通りに訪問し、いつも通りにお話をして、いつも通りにお別れをする必要があるのです。
決して悟られずに・・・
私は長年その方の担当をしてきましたが、その方が私のことを覚えているかどうかは微妙なところです。
そこで私は普段の訪問の時には「同じ色の服」で「同じ言葉で挨拶」をして「同じように両手を大きく振る」ことで、「いつもと同じ人間」であり、「あなたの知り合いである」ということを示してきました。
今日も同じように接しなければならない・・・
坂を登り切ると、そのお宅の玄関前にある真っ白な花をつけた大きな木が見えてきます。
ちょうど1年前、この木の前で2人で話した日のことを思い出します。
「この白い花かわいいですねー、これなんて言う木なんですか?」
「サルスベリよ。きれいでしょー」
即答でした。当時も認知症がかなり進行していましたが、いきいきと答えたその方の笑顔にうれしくなったことが昨日のように思い出されます。
お別れの時
いつも通りに門扉の脇に自転車を停め、いつも通りの白いシャツになる。インターホンを前に深呼吸をひとつ。
すると突然、玄関がガチャッと開き、その方が出てきました。
「あらー どなた?」
いつも通りに両手で大きく手を振ると、ちょっとした間のあとに
「あらーこんにちは。今日はどうしたの?」
と笑顔を見せてくれました。
いつものようにご挨拶をすると、玄関に招き入れてくれました。
体調と顔色を確認し、それとなく室内の様子を確認する。
一緒にカレンダーを見ながら今日の日付を確認し、ゴミ出しの曜日を確認する。
いつも通りの質問をする。
「なにか心配なことはありますか?」
「なにもないわよー、大丈夫」
いつもの回答を笑顔で返す。
ひと通りのやり取りをして2人で玄関先に出る。いつも私を見送ってくれるのです。
お別れの時だ。
白い花
玄関から外に出ると、頭の上に可憐な白い花がこぼれ落ちそうなくらいに満開となっている。
「この花、きれいですね。なんて言う花なんですか?」
「サルスベリよ。きれいでしょー」
よし、即答だ! 認知症とはこういうものだ。直前のことを覚えていられず、判断力が低下し、身体機能が低下する。でもそれ以外のことで出来ることはたくさん残っていて、その人らしさもなにも変わらないんだ。1分前の会話を忘れるくらいなんだっていうんだ!
いつも通りに挨拶をして門扉を出る。いつも通りに自転車に乗って私が手を振ると、門扉の中から手を振ってくれる・・・はずだった。
でもこの日は違った・・・なぜか門扉を開けて道路まで出てきてくれた。
思わず口をついた言葉。
「どうかお元気で・・・」
すると、
「あなたもねー」
と言って右手を差し出してきたのだ。
頭が真っ白になる。笑うところだ。ここは笑うところなのだ。あははーと笑いながら握手をする。大きく手を振りながら自転車を漕ぐ。必死に漕ぐ・・・
・・・ふと我に帰り後ろを振り向くと、遠くにサルスベリの白い花だけが見えました。
サルスベリ、百日紅と書く。
赤やピンク、そして白い花が100日間咲くところから名付けられたと言う。
花の時期もそうでない時期も、来年も、再来年も、近くからあの方を明るく照らしてくれますように。
屋根の真上にはどこまでも高い空があり、百日紅の花を映したような白い雲がひとつだけ浮かんでいました。


