スイッチバック

週末、神奈川県西部にある観光地「箱根」に行ってきました。

都心から電車の乗り換えなしで行くことが出来る、都民にはお馴染みの観光地です。

全国的には「箱根駅伝」で有名でしょうか。往路の小田原中継所からゴール芦ノ湖までの「5区山登り」でお馴染みの場所です。

地図で見ると伊豆半島の首の部分の少し上の方。「芦ノ湖」という湖があるあたり。

小田急電鉄の特急電車「小田急ロマンスカー」に乗り、小田急小田原線を一路「箱根」に向かいます。

途中から土砂降りという絶好の観光日和。まあそんな気はしてたけど。

小田原城を左手に追い越すと、すぐに「箱根湯本駅」に到着しました。

駅の下にはお土産屋が軒を連ねており、大雨とはいえそれなりの人出が見られました。

私はここでは降りず、目的地の「大涌谷(おおわくだに)」を目指すべく「箱根登山電車」に乗り換えます。

終点の「強羅駅(ごうらえき)」を目指し電車に乗り込みました。

急こう配

この「箱根登山電車」は、名前の通り登山専用の鉄道であり「山岳鉄道」というカテゴリーに入ります。

10m進む毎に80cm登るという、日本最大の急こう配を一気に駆け登る電車なんですね。

この鉄道には登山電車以外では絶対にありえない、最大の特徴があります。

「スイッチバック」です。

急こう配を登る時に一直線に頂上を目指すのは車輪にも負担がかかり事故の可能性もあるため、左右にジグザグと進みながら頂上を目指す方式の事を言います。

自転車で急坂を登る時に頂上に向かってまっすぐに進むと登れなくても左右にジグザグ進むのと登れる。これと理論上は同じです。

箱根湯本駅を出ると1駅目の停車後にまず1回目のスイッチバックがあります。

突然スピードが落ち始め、駅名表示のないホームに停車します。

窓越しに外を眺めていると、運転手さんと車掌さんが歩いている姿が見えます。

そしてしばらくすると電車が動き始めます。なんと「逆方向」に進むんです。

人の一生

スイッチバックは発車した時の先頭車両が突き当りで停車し、今度は最後尾の車両が先頭車両となって再出発します。

さっき外で歩いていた運転手さんと車掌さん、実はお互いにすれ違って運転車両を替えていたんですね。

このスイッチバックを計3回行いながら、終点の強羅駅までの6駅間をゆっくりと登っていきます。

スイッチバックを待つ間には、車内にゆったりとした時間が流れます。

電車のエンジン音に混じって風の音、雨の当たる音が聞こえます。

このスイッチバックというシステムは、先を急ぐ現代の人たちにはまったくそぐわないものです。

停車時間がけっこう長く、乗務員が交替したり、頂上までジグザグ走行したり。

せっかちで先を急ぐ人にとっては、自動車で行った方が早いし楽なわけです。

「これってなんか人の一生のようだな」などとつぶやいてみる。

人生にもスイッチバックが必要なのではないか・・・ふとそう思ったんです。

寄り道をする

人生においては、ある目的に向かって進む時期があると思います。

進学、就職、夢など、目標に向かって突き進む時期が誰でもあると思います。

その時に頂上に向かって真っすぐ進むだけが人生ではないということ。

つまりスイッチバックのように左右に寄り道をしながら、外を眺めながら、時には逆方向に進みながら頂上を目指す方法もあるということです。

最短距離を最速時間で目指すのはそれはそれで素晴らしい事ですが、身体的にも精神的にも負担が大きく、失うものも多い気がします。

なかには目標が何らかの事情で変わってしまったり、目標自体が見つからない方もいると思います。

それでも普段の日常と違う方向に進んでみて、普段とは違う景色を見てみる。

興味がないと思っていたことでも、誘われたのでとりあえず経験してみる。

急いでいる人を見かけたら、「お先にどうぞ」と道を譲ってみる。

そして「寄り道をしてよかった」と思える人生を送れたのなら、それは目標達成と同じくらい尊い事だと思うのです。

晴れと雨

エンジン音がひときわ高くなり、反対方向に走り出す。

逆方向に進んだ違和感のせいか、身体が浮くような居心地の悪いような感覚に襲われる。

車窓から見える森が雨に濡れ、風に揺れながら濃い緑を放つ。

「晴れがよかったなぁ」とつぶやいた後、気を取り直し「いや雨でよかったのさ」とつぶやく。

晴れの良さもあれば、雨の良さもある。

「雨でよかったのさっ」ともう一度つぶやいたその時、電車の中にミンミンゼミが飛び込んできました。

外に出られずに車両内を飛び回り、吊革にとまりました。

車内に出発のアナウンスが流れる。

あわててセミを捕まえてドアから逃がしたその瞬間「プシュー」とドアが閉まりました。

「寄り道しちゃったねー」

人生の経験値を増やしたミンミンゼミは、雨の降り続ける森の中に消えていきました。

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