私の周りには嫌いな人が多い。
というか好きだという人に出会ったことがない・・・
セミのおはなしです。
なぜ嫌われるのだろう、と考える間もなく理由は明白。
自分の行き先に転がっていて、恐る恐る横を通り過ぎると突然突進してくるからですよね。
いわゆる「セミ爆弾」とか「セミファイナル」などと言われ、世間を恐怖の渦に巻き込んでいます。
はたまたベランダに出たとたん突撃されたり、網戸にくっついて鳴き出したり。
さらには自転車で走っていると胸にとまってブローチになったり、マンションのエレベーターでセミと2人きりになったり。
毎年訪れるセミとの遭遇に戦々恐々としているみなさん。
もう少しセミのことを知り興味を持つことで、少しは気が楽になれると思うのですがいかがなものでしょうか。
生命の神秘
セミの生態は実はよくわかっていません。
セミは約7年間土の中で育ち最後の1~4週間だけ地上で飛び回ると言われています。
日が落ちた頃に土から出てきて木に登り、羽化して明るくなるのを待ちます。
私は以前、夜中に土から出てくる幼虫を偶然発見したことがあります。
あまりの感激に木を登って羽化して黒くなるまでずっと見ていたことがあります。
実はこの羽化、約半分のセミが失敗すると言われており、まさに命がけの一か八かの勝負をしているようです。
約7年間も土中でがんばったのにもかかわらず、羽化の途中で力尽きたり、敵に襲われたり、木から落下したりして約半数が命を落とすのです。
羽化したばかりのセミの成虫はまぶしいほどに全身が真っ白で弱々しく、それが徐々に羽を伸ばし黒くなっていく様は、地球に生きる者として生命の神秘を感じざるを得ません。
いまだに木の周りにある小さい穴を見たり、抜け殻を見かけると少しだけ背筋が伸びる気がします。
アブラとクマ
鳴き声はうるさいの一言に尽きますが、鳴くのはオスだけです。メスは鳴きません。
東日本ではアブラゼミが多数派で西日本ではクマゼミが多数を占めています。
テレビドラマの一場面でセミの鳴き声が入るシーンを見かけますが、「ジリジリ」は東日本が舞台、「シャーシャー」は西日本が舞台だとすぐにわかります。
ちなみにセミの鳴き声は携帯電話では音を拾いません。鳴き声の周波数が携帯電話が伝達できる周波数から外れているためです。
よく営業マンがセミの大合唱の下で「聞こえますかー?」と携帯に大声で話していますが、大丈夫! よく聞こえています。
またセミは数学的な興味の的となったりしています。
と言うのも、土の中にいる年数がセミの種類によって違いがあり、7年、13年、17年などが研究でわかっています。
この数字、すべて素数なのです!
「素数」とはその数字と1以外では割り切れない数字のことですね。
その理由としては、自分の種を残すべく、なるべく生まれ年を重ならないようにしているという説が有力です。
つまり、もし仮に12年と18年の組み合わせであれば最小公倍数の36年に1回の割合で同級生となりますが、13年と17年の組み合わせであれば最小公倍数の221年に1回の割合になるという事です。
生死確認
さてここで夏場の最大懸案事項であるセミの生死確認についてです。
この技を体得しないと出勤時に前方に広がるセミのトラップを抜けていくことができません。
もしお亡くなりであればスルーするなり足でちょっと横に動かすなりの対処ができます。
もしお元気であれば最大限の注意を払い遠回りをして駅までダッシュできます。
生死確認の方法はいたって簡単。
脚が開いていれば「生」、脚が閉じていれば「死」です。
セミは体の構造上、落ちるときは背中から落ちてしまいます。
まだ元気なセミは藁をもつかむ思いで脚を開いていますが、徐々に体力を消耗しお亡くなりになります。
死後硬直した姿が脚を閉じた形になるのです。
再び大空へ!
私はセミが特別好きなわけではないのですが、嫌いなわけでもありません。
私にとってのセミは、「応援したくなる存在」なのです。
まず第一に飛ぶのがあまりに下手すぎる。ほぼ直線にしか飛べないです。
そして何かにぶつかり落下してひっくり返る。不器用極まりない。
一説によると羽化したセミが子孫を残せずにお亡くなりになる確率が半分だそうです。
約10年生きてきて子孫を残せずに土に返るなど、私には可哀そうすぎて涙が出ます。
そんな不器用なセミを応援するために私が毎年していることがあります。
それは「セミを再び大空に飛ばす」ことです。
運気を上げる
やり方はこうです。
ひっくり返っているセミの開いた脚の前に人差し指をそっと近づけます。
指の先を頭側にして、指の腹側を木の枝のように近づけるとセミはすぐにつかまります。
それをゆっくりと空に向かって掲げます。大空を目指すように!
ここまではほとんどのセミはおとなしく指につかまっています。
それを自分のおなかあたりまで一度指を下げ、再び勢いよく空に向かって指を振り上げるのです。
するとセミは指から離れ、空に向かって勢いよく飛んでいきます。
その際、何かひとこと声をかけてあげます。
私の場合、「もうひと頑張りして来い!」といって空にセミを投げます。
たった一度の命を無駄にしないように! 後悔のないように!
青空に溶けていくセミを見ていると、なにかちょっとだけセミから「運」をもらった気がするのです。
もう20年程この地で飛ばし続けているので、過去に飛ばしたセミの子どもをまた飛ばし、またその子どもを飛ばしているかも知れません。
私にとってはささやかな、そして大切な夏のひとコマとなっています。


