お正月に想うこと

新年あけましておめでとうございます。

皆様何事もなくお正月をお迎えできましたか?

ゆっくりできたようで意外と正月疲れしていたりと人それぞれだと思います。

年末年始には毎年いろんな行事が目白押しです。

年越しそば、初詣、おせち料理、年賀状、初夢、書初め、初売り・・・などなど。

年代によってはすでに形骸化していたりやったこともないという方もいたりしますね。

私が子供の頃はこれらの行事は年中行事に組み込まれておりいろんな物語があったりしました。

その中でもある年の初詣については忘れられない出来事があります。

それは人生の勝負所で引いたおみくじでした。

なんと「大凶」だったのです。

大凶

あれは高校受験の年でした。

私の生涯で一番勉強した時期と言っても差し支えないほど日々勉強していました。

年明け早々友人から連絡があり「初詣さ行がねがー」と誘われました。

“こいつかなり煮詰まってんな・・・”と苦笑いしつつ合格に危機感を持っていた私は「行ってみるが―」と二つ返事で承諾。

それまで行ったこともない地元では有名な神社に友人と行くことになりました。

目の下のクマに当たる日差しがとても眩しかった記憶があります。

初めて行った神社で不遜にも合格をお願いし当たり前のようにおみくじ売り場に行きました。

お金を箱に入れ何の予感もなくおみくじ箱に手を突っ込みひとつつまみ上げくるくると開きました。

「大凶・・・」

帰りの記憶は残っていません。

大凶その後

私はこの後の高校受験で結果的にギリギリの点数で合格できるのですが当時の私はそんな未来を知る由もない訳です。

ただすごい確率のモノを引いたという事実は理解しておりこの後の勉強へのモチベーションは逆に爆上がりした記憶があります。

楽天的なことは時に有利に働くものなのです!

ギリギリで合格したとわかったのはこんなエピソードがあったからです。

高校に入学した後、私の受験時の答案を採点したという国語の教師からこんな話を聞きました。

私の答案は第1問目にあったひらがなを漢字に直す問題が間違っており残りの回答が全て正答だったそうです。

1問目の漢字というのは強烈に簡単な問題でここで間違える受験者は確実に落ちるのが例年の常識らしいのです。

この年の合格者はもとより全受験者の中で1問目を間違った人は私だけだったと聞かされました。

しかもそこだけ間違って99点だった人も前代未聞だったらしく私の合否が気になり名前を憶えていたそうです。

「あぶねー! あぶなかったー!」

二太郎

ご承知の通りお正月の行事というものはすべてものがすべての人に密接なわけではありません。

年越しそばも食べない人も多いと聞いていますし年賀状の数なども年々減ってきているようです。

私に関して言えばよくテレビでみる光景、宵越しの初詣というものはしたこともありません。

大晦日の夜から神社の行列に並んでいる姿をテレビで観ていつも寒そうだなと思う程度です。

初夢はどうでしょう? 今の人ってどんな感じなんでしょう?

初夢に見ると縁起がいいものとして「一富士二鷹三茄子」と昔から言われており、江戸時代には富士山、鷹、ナス、宝船などを描いた絵を枕の下に敷いて寝ていたと聞いたことがあります。

ある時私の友人が何を勘違いしたのか「『一富士二太郎三茄子』の『二太郎』って何の夢だったっけ?」と聞いてきたことがあり腰を抜かしたことがあります。

いつの間にか「一姫二太郎」とミックスされちゃったヤツですね。

一般的には初夢は1月2日の朝に見るものと言われていますが私は過去に一度も1月2日の夢を憶えていたことがありません。

1日や3日の夢は割と憶えているのに・・・なんででしょう? お酒の飲みすぎ?

笑うということ

私たちケアマネジャーは毎月利用者さんのお宅を訪問するという仕事があります。

新年初めての訪問時に私が必ずする質問があるのですが何だと思いますか?

それは新年のご挨拶とともに「おせち料理は食べましたか?」という質問です。

「好きなものだけ買って食べたわよ」「もう一人になって長いからいつも通りよ」「一人でワンカップさ」「娘がお重に入れて毎年持ってきてくれるの」「オレは歯がないから栗きんとん専門だ!ふがふが」「黒豆はフジッコよー」「そもそもおせちほどまずいものはない」「おせちって何だっけ?」

いろんな返答がありそれに対して私がさらに質問をしていくと食べ物の話のみならずお正月の話になったり、子供の頃の話、脱線して政治の話になったり、戦争の話になったり・・・

1年365日の行事の中でこれほど時代を越えて話せるところがお正月という行事の偉大さなのですね。

私はこれらの話を聞いていつも感じることは、うれしくもあり悲しくもあり、いろんな事情があり病気があり、過去と現在の利用者さんの姿があり関わる社会があり・・・人間というものは切なく悲しいということです。

人はいろんなことを抱えながらそれでも笑って生きているということ。

私の中でいろんな感情が複雑に絡み合い、話の内容に腹を抱えて大笑いながら涙がこぼれるのが毎年の私の姿です。

また、いつものように、当たり前のように、新しい年が始まりました。

たいして笑えないことをいかにして笑って生きられるか・・・

つらい時に笑うのは悲しすぎるのでこれくらいならできるかも・・・

今年の目標はこれにしよう! と、そっと、秘かに、心に決めた令和4年のお正月です。

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