会津若松~二本松/3

「二本松駅」は東北本線で郡山駅から5駅北へ下ります。

「東北本線」はローカル線とはいえ東北と関東をつなぐ大動脈ともいえる鉄道。乗客も多く車両も6両編成とローカル色は薄めです。

車窓左側には「安達太良山(あだたらやま、1709m)」のなだらかな稜線が見えてきます。なにか暖かい雰囲気を感じる山です。見守ってくれている感じ。

二本松駅に到着。あーいい感じの駅だ・・・正面に山の緑が見えて左右には空が開いている。駅舎に「二本松駅」と駅名が書いてある。なんだか変わった書体だ。でも駅前の雰囲気にあっているかも・・・

駅前の道をまっすぐ進むと静かな街道、県道355号にぶつかります。左右を見回すと江戸時代の城下町がそのまま現代版にすり替わったような風景です。

ああいい感じ。車が1台も通っていない・・・さて右か左か・・・どっちから攻めようか・・・

スマホでマップを確認すると右側の「久保丁坂(くぼちょうざか)」がよさげな雰囲気。ではこちらは帰りに通ることにして左側の「新丁坂(しんちょうざか)」から攻めることにしよう。

県道355号をゆったりと歩きます。両側に電気屋や精肉店、青果店やお菓子屋などが並んでいます。県道とは言え1台の車も通りません。

静かな通りを歩きながらいろんな考えを巡らせます。今後の事とか、仕事の事とか・・・そんな気分にさせられます。

実は今回の旅の一番の目的はこの二本松で「家紋」を見ることでした。それを求めてゆるーく二本松城に向かいます。

県道から右の路地に入り住宅街を10分も歩くと車の往来が激しい幹線道路に出ました。

どうやらこれが新丁坂らしい。すれ違いで肩が触れるほどの狭い歩道を歩き坂を登ります。両側が徐々にうっそうとした森の中に入っていきます。お城の匂いがするぞ・・・

息切れしながら坂の頂点をすぎると左手に石垣と櫓(やぐら)らしきものが見えてきました。

「二本松城(にほんまつじょう)」は1643年に「丹羽光重(にわみつしげ)」が整備した城郭です。幕末の戊辰戦争で落城、建造物は全て焼失し、現在は城の別名を冠した「霞ヶ城公園(かすみがじょうこうえん)」として四季折々での名所となっています。

この日はたまたま「第68回二本松の菊人形(にほんまつのきくにんぎょう)」が開催されており公園の西側から入ったところがちょうど菊人形会場だったためたくさんの人でにぎわっていました。

会場に入ってみると今年のテーマは「源氏物語と紫式部」らしく、色とりどりの菊をまとった光源氏や紫式部、藤原道長などの人形が絵巻のように次々と現れてきます。

そもそもなんで人形に菊? と思い「菊人形」について調べてみると、もともと江戸末期の巣鴨、団子坂あたりで始まった大衆娯楽のようです。それが現代まで日本各地に残っておりその中でも二本松の菊人形は最大級の規模なんだそうです。

会場いっぱいの菊は白、黄、紫などが360度並べられており菊花の香りが会場に充満しています。気分は江戸時代、粋な遊びをする町人ってところでしょうか。思いがけずいい気分を味わえました。

会場を出て「本丸」に向かいます。途中いたる所にのぼり旗が立ててあることに気づきます。その旗には「X丹羽二本松藩」と書かれています。

ムフフ、これこれ・・・

これなんです。私が見たかった家紋は!

実はこの「X」が丹羽家の家紋なのです。「丹羽直違紋(にわすじかいもん)」という珍しい家紋で「違い棒(ちがいぼう)」という家紋の一種。通常は誰も家紋だとは気づかずに交通標識と思うかエックスかバツがついているかと思うはずです。

その家紋の由来が伝説となっており家紋好きの間では多少有名なんです。

豊臣秀吉(とよとみひでよし)配下の丹羽長貴(にわながよし)が戦場で血の付いた刀を紙で拭ったところ、血の跡がバツの字についたのを見た秀吉が「おもしろい。家紋にせよ」と言ったことから丹羽家の家紋になった・・・

という伝説が残っているんです。まあこの家紋はそのずっと前の時代から存在していたわけでこの伝説は創作の可能性が高いんですが・・・そんなことはもはやどうでもいいんです。

いつか二本松に行って伝説の丹羽家の家紋を直接見たいという念願がかなったわけですから! 本丸を目指し急坂を登りながら「X」の家紋を見るたびにムフフとほくそ笑む・・・ああ幸せ!!

雲ひとつない青空の下をゆっくりと登ります。軽く汗ばみ息が切れ始めた頃にふと気づいたことがあります。この城跡には殺気が感じられないんです。

私は多くの城跡に足を運び本丸までの山道を登ってきましたが、戦に使われた負のオーラが感じられることがとても多いのです。ところがこの二本松城跡には重苦しい雰囲気はほとんど感じられませんでした。

なんでだろうか? 城の入口付近に小川が流れていたからだろうか? 天気がいいから? 理由はわからないまま天守台までたどり着きました。

おー素晴らしい石垣の天守台だ! 平成に入って改修をしたらしい。やっぱり城跡は城跡のままの方がいい・・・

天守台から見る安達太良山は下から見るよりもさらに平和でなだらかで「争いごとなどするなよー」と言っているかのように泰然としていました。

城跡の天守台というものは割と落ち着かないことが多く、周囲を見回して一息つくとすぐに下山を始めることが多いものです。

ところがここでもやはり心が落ち着いている。ベンチに腰掛けてまったり。このままいつまでも時間をつぶせる感じ。かるく30分はいけそうだ。なんでだろ? 不思議だ。

癒されながら下山。帰りは久保丁坂を登って下る。ここは車1台分の幅しかない狭い道路で車もほとんど通らない。江戸時代を思わせる街道だ。

途中「二本松神社(にほんまつじんじゃ)」に立ち寄ります。鳥居を抜け石段を登ると・・・ありましたここにも。「丹羽直違紋」です。ムフフ・・・

この石段も家紋好きには有名な石段で、10月の例大祭の夜に石段の両脇を「X」と書かれた提灯が並ぶ幻想的な風景が見られます。

社殿にご挨拶しすぐ目の前の二本松駅に戻ります。時間に追われて郡山駅に戻り新幹線に乗ると日常に少しずつ戻ります。あー旅も終わりかー・・・

新幹線からの風景を見ながらさっきの答えを見つけようと考える。なんで二本松城跡は重苦しさがないのかってやつ。

ひとつ思いついた。菊人形じゃないか? 菊人形と菊の香りが悲しい歴史を浄化してるんじゃないだろうか。菊人形に集まる人たちの笑顔と菊花の匂いが戦に倒れた人たちの魂を慰めているに違いない・・

答えが出てスッキリしたら急に眠くなりました・・・夕焼けに染まった福島の街はどこまでも平和で、ふと菊花の香りがした気がしました。

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