会津若松~二本松/1

長く過酷な夏の終わりがようやく見えてきた10月の上旬、東北・福島を目指しました。

新幹線の窓から注ぐ早朝の日差し。それは初秋とはかけ離れた真夏の強さを保っており、耐えられずに窓のシェードを下ろすほど。

とはいえ広がる景色には首を垂れた稲と刈り取られた稲の黄金色が一面に広がり、どこかで観た絵画のように「秋」を主張していました。

東北新幹線の「郡山駅(福島県)」に着く。あっという間だ。東北はこんなにも近いものか。荷物をまとめてホームに降りる。あ、涼しい! あきらかに空気が違う。日差しの強さは変わらないのに!

今回の旅の目的地は2か所。「会津若松」と「二本松」。ここ郡山駅から「磐越西線(ばんえつさいせん)」に乗り換えて「会津若松駅」を目指します。

乗り換えまでに少し時間があったので郡山駅前を歩いてみました。想像はしていましたがとても大きい駅です。堂々たる東北の玄関口という感じ。

真っ青な絵の具を溶かしたような空を見ながら、東北の静かな街並みを求めて歩いていく。

15分ほど北に歩き駅前を抜けると少し空気が違うエリアがありました。よく見ると鳥居が見えています。鳥居をくぐり参道を進むと歴史を感じさせる社殿があり、その額には「総産土(そううぶすな)」と書かれています。

『阿邪訶根神社(あさかねじんじゃ)』という1060年創建の由緒ある神社のようです。とても雰囲気がよく、澄んだ空気が東北の秋を感じさせます。

時計を見るとそろそろ電車の時間。足早に郡山駅に戻りました。いざ会津若松へ!

郡山駅の磐越西線ホームに行くとすでに始発電車が停まっていました。地方によくあるボタンでドアを開閉する電車です。あーこれこれ! 旅行気分が高まります。

はじめはガラガラだった電車の中も出発時には満席。立っている乗客もいるようです。

郡山駅から会津若松駅までは14駅の途中駅があります。途中で車内アナウンスが入り「右側をご覧ください。会津磐梯山(あいづばんだいさん)が見えます・・・」と観光ガイド。これはうれしい。

それ以外の車窓の風景は山をかき分けて走っている感じで、左右とも「ススキ」と「セイタカアワダチソウ」の茶色と黄色という初秋のコントラストで満腹の1時間でした。

「会津若松駅」に到着。駅舎を出ると『赤べこ』がお出迎え。乗れそうなくらいデカい! その先には戦装束の少年2人『白虎隊士の像』があります。平和な時代を見守るように遠い目をしています。

像の前に『あいづっこ宣言』という看板があります。六か条からなる戒めが書かれているのですが、その中に「四、卑怯なふるまいをしません」というものがありました。

幕末の会津藩が最後まで徳川幕府を裏切らなかったことは有名ですが、会津の人たちの心意気がこういうところにまで脈々と残っているんでしょう。

ここからお城を目指します。さてどうやって行こうか・・・駅前にある観光案内所の方に尋ねてみる。

「お城までは観光周遊バスが便利です。『あかべぇ』という赤いバスと『ハイカラさん』という青いバスが運航しています。あかべぇは右回り、ハイカラさんは左回りで同じルートを走ります。お城へは左回りが近いのでハイカラさんにお乗りください。青いバスです。バス停は『鶴ヶ城入口』が一番近いですよ」

会津弁が混じったその言葉はとても美しくそしてゆるぎない信念を感じさせるものでした。

バスに揺られながら考える。東北地方を目指して旅に出る人たちの心象はどんなものだろうか・・・

みんな何を目指しているのだろう。ただの観光だろうか。それとも何かを捨てて何かを拾おうとしているのだろうか。

私のように関東に住む者にとっては「東を目指す動機」と「西を目指す動機」にはなにか違いがある気がします。

バスの中で違いを考えてみましたが明確な答えは出てこず。ただひとつ確信していることがあります。

『東北旅行は一人旅に向いている』

ということ。理由はわかりませんが・・・私の実感です。

ふと我に返るとバスの停留所に「野口英世」という名前がついている。「野口英世青春館前」とか「野口英世青春広場前」など。なるほど彼は郷土の英雄だったのか・・・

新千円札が発行となり野口英世はお役御免となりましたが、地元の英雄は英雄であることになんら変わりなく、これから何百年たっても語り継がれるのでしょう。

「次は、鶴ヶ城入口、鶴ヶ城入口です。お降りの方は・・・」

バスを降りる。会津の魂を観に行く!

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