休日出勤をしたその日の午後、15時頃に仕事を切り上げて会社を出ました。

猛暑が続く毎日でしたが、この日は終日雲が多く、いくぶん過ごしやすい気温。といっても30度超えは変わりません。

自転車でいつものルートを走りながら、今日は違うルートで帰ってみようかな・・・と思い立ちました。

普段は右に行くところを左に行く。気分がいい。

私の職場は地形的に高い位置にあるので、出勤は上り、帰宅は下りというのが基本です。

そこを今日は下らずにさらに上がっていく。やや遠回りだが景色がいいのだ。

ポツっと雨が頬にあたるのを感じる。まあ想定内。降ると思ってたさ。暑さしのぎにちょうどいいくらいだ。

自分に言い聞かせる強がりを見透かされたように雨脚は強くなり、あっという間に本降りとなりました。

高台にある橋にさしかかり、雲の隙間の日差しから落ちてくる雨を仰ぎ見る。

・・・虹?

大きな虹

そこには雲をバックにアーチを描く、特大の虹がかかっていました。

虹というものは雨が上がった直後にかかるものとばかり思っていましたが、それは土砂降りの空にうっすらときれいな弧を描いていました。

虹・・・テンションが上がるこの言葉が頭に浮かんだ瞬間、テンションが上がりました。やはり。

虹を見るなんていつ以来だろうか? 野菜の水やりでちっこい虹を見ることはあっても本物の虹を見るなんて。

大人になってからも見ているはずなんですが、どうしても思い出せない。

その代わりに思い出されるのは、子供の頃に住んでいた家の前で水まきをした時にできた小さな虹でした。

そこには小学校に上がる前と思われる私と、誰か大人がホースで水をまいている光景です。

空をめがけてホースの水を吹き上げたその瞬間、自分の背よりも大きな虹が出来たこと。

言葉では言い表せない驚きと喜びで胸がいっぱいになった記憶があるんです。

空を仰いだ私の顔にホースの水が降りかかり、にじんだ小さな虹が頭の上に浮かんでいました。

小さな虹

幼い頃の思い出というものは、儚くて悲しくて、何とも言えない甘酸っぱさが漂います。

それは当時の視覚的な情景だけではなく、幸せだったり悲しかったりという心情的な思い出も絡み合っているからなのでしょう。

今回虹を見たことで気づいたことが2つあります。

私にとっての虹は幸せ以外の何物でもなく、何一つとしてイヤな要素が含まれていないということ。

そしてもう一つ。私にとっての虹は小さい虹なんだということ。

そしてそれは、誰かが誰かのために、誰かが誰かを喜ばせるために作った虹だということです。

晴れ間に自然発生する虹との出会いは一期一会であり、発生の瞬間を見ることはほぼないし、儚く消えてしまうものです。

でも私の虹はいつでもどこでも作ることが出来て、身近でやさしい虹なんですね。

再び自転車で走り出すと、雨から逃れようと前方から走ってきた母子が空の虹に気づき指を差してはしゃいでいました。

この子にとっては、この虹が幸せな思い出になるんだろうなー

幸せ以外の何物でもない思い出になることを願いながら、自転車のスピードを上げました。

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