笹飴

私は高校時代のある一時期、日本文学を読み漁っていた時期がありました。

何がきっかけだったかは思い出せませんが、代表的な作品はひと通り目を通していました。

その中には当然のように、夏目漱石の『坊ちゃん』もありました。

この小説のあらすじは、曲がったことが大嫌いな東京の青年が教師として赴任した田舎で理不尽な事と戦うというストーリーです。

思春期に体験する日本文学というものは、それこそスポンジのように吸収され、その後の人生の大きな柱になることも多いものです。

私もこの小説を読んだ時、主人公の生きざまに強く惹きつけられた記憶が残っています。

・・・が、それ以上に私を惹きつけたのは、小説の中に出てくる食べ物でした。

「笹団子」

主人公を可愛がっている下女のお婆さんがお土産に欲しいものとして「越後の笹団子」と言うくだりがあり、私はそれを長年忘れられず「いつか食べてやろう」と思いながら大人になりました。

ついに念願が叶ったのはスキーで訪れたGALA湯沢駅。

駅前で笹団子を発見! これが笹団子かー! むしゃむしゃ、うまかったー!

・・・ところがこれ、とんでもない勘違いだったのです。

笹団子の感動もすっかり薄れたある日のこと。

「久しぶりに『坊ちゃん』でも読んでみるか」と思い立ちました。

さすがに本は手元にないので、ネットで「青空文庫」を検索して読みました。

久しぶりに読むとやっぱり面白い! さすがの名作です。

さて、高校時代の私を虜にした該当箇所、「坊ちゃん」と「下女の清(きよ)」とのやり取りは・・・どれどれ・・・

「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と聞いてみたら「越後の笹飴が食べたい」と云った。越後の笹飴なんて聞いた事もない。第一方角が違う。「おれの行く田舎には笹飴はなさそうだ」と云って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。(『坊ちゃん』夏目漱石より)

!?、笹飴? あれ? いや確かもう一度登場するはずだ、えーと確か最後のあたりだったはず・・・

うとうとしたら清の夢を見た。清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。笹は毒だからよしたらよかろうと云うと、いえこの笹がお薬でございますと云いって旨そうに食っている。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。(『坊ちゃん』夏目漱石より)

おい! 笹飴ってナニ!? ぜんぜん笹団子じゃないじゃないの!!

飴と団子

さっそく笹飴(ささあめ)を調べてみると、どうやら水飴と米飴を練り混ぜたものを熊笹の葉にくるんだもののようです。

私の食べた笹団子とは似て非なるもので、片や食べるもので片や舐めるもの。

一体いつ、どの段階で「飴」が「団子」になっちゃったんだろうか・・・

思い返してみると、読んだ時にすでに「団子」と勘違いしていた線が浮上。

「・・・笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている・・・」という一文のせいで、「飴」のような硬いものではなく「団子」のような軟らかいものを想像しちゃったのかも。

ところでこの越後新潟の名物「笹飴」は、夏目漱石も実際に食べていたようです。

夏目漱石(なつめそうせき、1867-1916)は胃潰瘍の持病があり、その治療に当たったのが主治医が森成麟造(もりなりりんぞう、1884-1955)という新潟県出身の若い医者でした。

漱石の病状が悪化し重体に陥った際には献身的な治療をしたことで一命をとりとめ、その縁で両者の関係は長年続くことになります。

治療の際に消化の良い胃に優しい食べ物として、出身地である新潟県の名物「笹飴」が出されていたようです。

森成が新潟県に帰ってからも親交は続き、送られてきた笹飴へのお礼をする漱石からの手紙が今も残っています。

檸檬と蜜柑

私にとって日本文学に勘違いはつきもので、どこかで記憶が入れ替わっていることが多々あります。

以前に友人と「『檸檬』梶井基次郎」の話をしていた時のこと。

小説の内容について語り合っていると、徐々に話がかみ合わなくなってきました。なんかおかしいぞ?

私「檸檬を投げるところがいいよねー」

友「投げる? 書店から投げるシーンってあったっけ?」

私「書店? 書店なんか出てきたっけ?」

友「爆弾を仕掛けて爆発でしょ?」

私「ば、爆発!? 汽車って爆発したっけ?」

友「き、き、汽車!? 汽車ってなに!!」

どうやらわたくし、「『檸檬(れもん)』梶井基次郎」と「『蜜柑(みかん)』芥川龍之介」の記憶をごちゃ混ぜにしたようです。

蜜柑のストーリーのまま、オレンジがイエローになっちゃって、かつ作者が芥川から梶井になっちゃったみたい。

青春の一時期にギュッと詰め込んだ知識は、私の頭の中で見事にシェイクされオリジナルと化すことが頻発しているんです。

名作の処方箋

さてこの笹飴、どこかで入手できないものか。

新潟県のアンテナショップを調べてみる。表参道か・・フムフム。

いやそもそも笹の葉ごとむしゃむしゃ食えるんだろうか? 飴でしょ? 硬いよね?

あ、そうか。これって夢だった。坊ちゃんが見た夢のシーンだった・・・

笹飴の製造メーカーをサイトで調べてみると「噛まずに舐めてください」としっかり書いていました。やっぱりね。

いつ食べられるがわかりませんが、出会えるその日が来るまで気長に待ちましょう。

そしてその時が来たら、満を持して笹ぐるみむしゃむしゃ食べてみようかな。

漱石もやってみたかもしれない。いや必ずやってみてから執筆したはず。

わたしもやってみれば漱石の気持ちになれるかも。

そうすれば少しはいい文章が書けるようになるかも。

TOP