夜、風呂上がりに自宅マンションのバルコニーに出ると、涼しい風が心地よい季節になりました。
イスに座り、どこを見るともなく、何を聞くともなく、何をするでもなく。
遠くの暗闇を電車の光が流れ、駅のプラットホームに音もなく滑りこむ。
空には星がまばら、雲に隠れた月はぼんやりと滲んでいる。
ふいに冷たい風が頬に当たり、秋の終わりと冬の訪れを感じる。
そのまま目を閉じてみると、一気にいろんな音が意識に入ってきます。
駅前の喧騒や車の騒音、ときおりクラクションが聞こえます。
それらの音と音の間には、始終途切れることのない「サー」というかすかな音が聞こえてきます。
私には聞きなれた音。とても心地のいい音。
実はこの音、真下を流れる「川」のせせらぎなのです。
命の川
私の自宅マンションは川沿いに立地しています。
川と言っても小さな川で、幅5メートルほどで水量もさほど多くはありません。
川の両岸は護岸工事が施され、その上にはベビーカーがやっとすれ違うことが出来るほどの遊歩道が続いています。
春は沿道がソメイヨシノで埋め尽くされ、川には桜のアーチがかかります。
その姿は息を飲む美しさで、他人に自慢したい気持ちと誰にも教えたくない気持ちが入り混じった複雑な感情を覚えるんです。
そんな普段は穏やかな川なのですが、雨が降ると表情が一変、流量が増して濁流と化します。
大雨ともなるとそれはまるで龍が暴れているような姿で、大きくうねりながらあらゆるものを流していくのです。
台風の夜はそれはそれは恐ろしい音、何とも言えない重低音が下から聞こえてくるんですね。
川の様相とはかかわりなく日常は過ぎていき、通勤時にはその川沿いを通り、そしてまた川沿いを通って帰宅する。
普段はその存在を意識することはなくても、日常生活に密接にかかわっているまさに命の川なのです。
母なる川
私と川との付き合いは生まれた時までさかのぼります。
私の生家近くには「北上川」という川が流れていました。
言わずと知れた東北を代表する大河川で、川幅もとてつもなく広く地元の川とは比較になりません。
生まれた時からこの北上川の河原は私の遊び場でした。
魚釣りをしたり、冬にそり遊びをしたり、橋の下で謎の漂着物を見つけたり。
釣りをしているおじいさんの釣り糸付近に石を投げて逃げたり、危険な冒険遊びをして死にそうになったり。
高校を卒業するまでの私の喜怒哀楽すべてを、文字通り水に流してくれた「母なる川」でした。
その影響か、東京に住むようになってからもなぜか川の近くに住むようになっていました。
歴代の住所地を思い返してみても、ほとんどが川の近くなんです。
不動産屋さんに「リバーサイドで」なんて一度もリクエストしたこともないのに。
渡し跡碑
ご存じの通り、川は人間にとって諸刃の剣でした。
文明を発展させる一方、洪水によって多くの災害を引き起こしてきました。
それでも長年にわたって共に生きてきたわけで、上手に共存してきた歴史が日本の至る所に残っているんです。
私の会社の営業圏内には「多摩川」という大河川が流れています。
この川には沿道を自転車で走ることが出来る「多摩川サイクリングロード(通称:多摩サイ)」が整備されています。
このロードを走ると一定間隔で「渡し跡碑」を発見できます。
これは江戸時代に渡し舟があった場所に記念碑を建てたもの。
「一の宮の渡し」「関戸の渡し」「羽田の渡し」など、昭和初期に廃止されるまでは渡し舟で川を横断していたんですね。
私はこの碑の場所に自転車を停めて対岸を見るのが好きなんです。
当然天候の悪い日は渡れないわけで、自然と人間の対話が何百年も続いてきた記念碑とも言えるんです。
「自然と折り合いをつける」
現代の生活では希薄になった概念です。
龍の存在
川の良さを挙げるとしたら・・・考えてみてもなにも思いつかない。
川のどこが好きかと聞かれても・・・特別にアピールできるところはみつからない。
でも逆に考えると、そこが魅力だともいえるわけで。
静かにそこに存在しているだけでいい・・・的なヤツでしょうか。
普段は存在を忘れていても、ある時にふと思い出し、そういえばいたんだね! って感じ。
それが私のとっての「川」なのです。
さてバルコニーの手すりにもたれかかり闇を見下ろすと、漆黒の中ところどころにキラキラ光る川面が見えます。
今日の龍はおだやかだなぁ・・・
川の音を感じながら、何かに守られている感じを抱きながら、これからも生きていく。
明日はほんの少しだけ長く、川を眺めてみよう。


